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ラランド・ニシダの小説「アクアリウム」を読んだ感想と考察|無数のしらすから珍しい甲殻類を見つけた心地(ネタバレあり)

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2022年3月18日、小説投稿サイト・カクヨムにて、お笑い芸人であるラランド・ニシダさんの短編小説『アクアリウム』が公開された。

 ⇒ アクアリウム(カクヨム公式サイト)

ラランド・ニシダさんと言えば、ファンから貰ったLINE Pay で生計を立てているだの、仕事現場にはしょっちゅう遅れてくる遅刻魔だの、クズエピソードに事欠かない。競馬を始めとするギャンブルも大好き。大学も2回中退し、それが理由で親から絶縁されている。後輩からは害虫と呼ばれていて、自他ともに認める清々しいほどのクズである。

一方で、意外にも読書好きという一面がある。2021年12月、アメトーーク「本屋で読書芸人」の1人として出演している。年間で100冊ほどの本を純文学を中心に読んでいるとのことだ。彼がここまでの読書家だと知らなかった方も多いのではないだろうか。かく言う私もそのことを知らず、今回の小説執筆の話には驚いた。

彼が、いったいどのような小説を書くのだろうか、興味が湧いたので読んでみた。

そこに繰り広げられていた世界は、私達が普段見ている「お笑い芸人・ニシダ」からは想像もつかない世界だった。

そして、この小説を読んで、私は彼の人物像にも興味が湧いたのである。

本記事では「アクアリウム」の感想・考察をするとともに、ニシダさんの素顔へと迫っていく。

以下、「アクアリウム」のネタバレを含みますので、未読の方はご注意下さい。

目次

あらすじ

カクヨム公式サイトに掲載されている概要は、以下の通りだ。

勉強にも、他人にも、自分の人生にすら興味が持てず、無為な日々を送っていた大学生の僕。一念発起してキャンパスに足を向けようとしたある日、ふと耳にした会話から、高校時代の生物部で体験したある事件を思い出す。なぜ今まで忘れていたのだろう。あれが僕の人生で一番刺激的な出来事だったはずなのに――。

欠伸がでるほど平凡で退屈な日々に突如さしこまれる暴力衝動。思春期特有の閉塞感や劣等感、自分を持て余し日常をなんとかやり過ごしている全てのひとの心を揺さぶる、暗黒青春小説!

出典:カクヨム・アクアリウムの小説概要(https://kakuyomu.jp/works/16816927861663080428)

もう少し詳細なあらすじを記す。

大学生である主人公、僕こと「田邊」は、いわゆる冴えない大学生――大学にもまともに通っておらず、医者から薬をもらうほどにメンタルも病んでいるようである。

しかし一念発起して大学へ向かおうとした矢先、彼が耳にしたバラバラ殺人に関する会話で、高校時代の出来事と共に同級生であった「波多野」のことを思い出す。

主人公と波多野は、生物部に所属していた。波多野は不器用で頭も悪く、要領も悪い。それを裏付けるように語られるエピソードの1つが、波多野が生物部で飼っていた巨大魚を死なせた、という話だ。波多野が魚の世話をしていた際、停電が起きてしまう。飼っていた魚は南米の魚で、停電によって水温が下がり、死んでしまったのだ。しかし、停電が起こった時、誰かに連絡すればよかったのではないか? などと波多野は責められるのだが、焦って連絡が取れなかったといった要領を得ない答えが返され、半ば呆れられてしまった――という話。

そんな波多野のことを主人公は見下していたのだが、ある時、生物部の活動で釣った魚を解剖した際に「人の指」が出てくる。それを見たのは、主人公と波多野だけ。動揺する主人公に、波多野は冷静に「隠そう」といって、2人はゴミ捨て場に人の指を捨てるのである。この出来事を切っ掛けに仲良くなるわけではなかったが、お互いがこの出来事を話さないように、2人はこそこそと話すようになる。

波多野についての回想は終わり、主人公は波多野に連絡を取る。そこで主人公は、波多野に巨大魚を死なせてしまったことについて尋ねる。停電が起きた時、波多野は何をしていたのか。見殺しにしたんじゃないか。

対して波多野は「電気が止まって寒そうにしていたから、一匹ずつ手で握ってあげた」と答える。

その姿を思い浮かべた主人公は、波多野が人間らしい優しさを持っていたことに耐えがたい苦痛を受ける。そして、そんな波多野を見下していた自分が、人ではない生き物に格下げされたとも感じる。

そんな絶望感に襲われた主人公は、アルコール度数の高い酒を買う。彼の手には、医者から処方された薬がある。薬と酒の組み合わせは禁忌と書かれている。

そして、主人公は波多野に「あの時と同じ場所で釣りをしてほしい」とメールを送る。人の指を腹に抱えた、あの魚を釣った場所。

その場所で主人公は、もがき苦しむのだった――それはさながら、波多野の手に握られて、きつく締め付けられる魚のように。

感想

内容は純文学寄りではあるが、比較的読みやすい文章で構成されている。小難しい単語はほとんど出てこない。

生物部での魚の解剖などの描写も丁寧に描かれているが、「ニシダが小説書きました」という動画内で、わざわざ魚を捌いたことが語られている。また生物部のホームページを調べたりもしたようで、それなりのリアリティは担保されている。この辺の調べて書こうとする姿勢は評価に値するし、しっかり文章にも反映されているなと感じた。

何よりも刺さったのは、主人公の陰鬱でひねくれている描写だ。かくなる私も暗黒青春時代を送ったことがあり、身の回りの人物を見下した感じや、「俺はこいつとは違う」と誇示しないまでも自分はまだマシだといった自己肯定の描き方が絶妙だった。まるで自分の思考が覗かれているような気もする。この描写の巧妙さは、いわゆる暗黒青春を送ったものにしか書けまい。

また、主人公が自分自身を分析して論じている描写を何気なく入れているところも見事だ。たとえば、以下のような表現である。

塾講師のバイトは自分より良い大学に通う同期たちが羨ましくなって辞めた。他人が怖いというより、他人と関わるたびに苛まれる劣等感に腹が立った。

出典:カクヨム・「アクアリウム」第1話(https://kakuyomu.jp/works/16816927861663080428/episodes/16816927861663108278)

僕の後ろに立っていたベビーカーを押した女性が、すみませんと言って通り道を作って欲しそうにしていたので、横にずれるくらいならと前に進んだ。なんにせよ電車を降りられた自分自身が尊かった。

出典:カクヨム・「アクアリウム」第1話(https://kakuyomu.jp/works/16816927861663080428/episodes/16816927861663108278)

何が見事か。こういった描写が、あの結末へ導かれることへの布石になっている。

この主人公の不幸なところは、自分自身をこうして俯瞰的に見れるところであった。だからこそ「波多野」と比較した自分に絶望し、自らを死に導いてしまう。(もっとも、主人公の生死については明確に描写はされていないのだが)

「波多野」のような存在は、まったくもって眩しくもあり、恐ろしい、と私自身も思う。

ちょっと波多野とは系統が違うが、ティモンディの高岸さんのイメージに近い。いったいどうして何故、そんな純度100%みたいな善意を振りまけるのだろうか。そしてその純度100%に近い善意(作中の表現では「人間らしい優しさ」)を波多野も持っていて、この物語ではそれが主人公にトドメを刺す形になってしまう。

どうあがいても、波多野のようにはなれない。人の言葉や行動に難癖をつけたり、裏があるのだと穿ってみたり。そういう企みを見抜いていると思い込んで、相手より精神的に優位に立とうとする。そういった見っともなさというのは、私にも心当たりがあり、同調したくないのに主人公に同調してしまう。

これを読む人は選びそうだ。根明の人はこれを読んで共感できるのか、とは思う。いわゆるエンターテインメントではない。しかしながら、ボヤッとして終わる小説が多い中で、なかなかキッチリと物語を締めてくれているのが高評価だ。特にラストの表現は秀逸である。

僕は静かに泣きながら歩いた。波多野の手に握られて身動きの一つも取れぬよう、きつく締め付けられる魚が思い浮かんだ。息苦しさと温もりから逃げようと、身をよじる。呼吸ができない。どれだけのたうち回ろうと、抜け出せないような握力に圧迫され、死んでいくみじめな魚が僕だった。

出典:カクヨム・「アクアリウム」第14話(https://kakuyomu.jp/works/16816927861663080428/episodes/16816927861663297603)

エンターテインメントではないのだが、この結末と表現に向けてしっかり展開を張っておいてくれたところはエンターテインメント的であるし、納得できるものであった。

ケチをつけるとしたら、時系列の描き方がやや乱雑であることだろうか。回想の中で回想に入ったりして、どの時間軸の話を描いているのか分かりにくい部分がある。とはいえ、そこまで複雑でもなく、時系列の把握など些事なことなのでそこまで問題ではない。

それから、少し終盤の会話がたどたどしいというか、結末に持っていくための強引な会話であったようにも思える。このあたりがナチュラルに展開されればなと感じた。

後は「指」の要素が引っかかっている。人間らしい優しさを持った波多野が、魚を解剖して出てきた指を「隠そう」と言ったところが、魚を温めようとした波多野の人物像と一致しないような気がしている。しかしインパクトある指の話ではなく、巨大魚を死なせた話から結末に引っ張っていく展開は、なんとも陰鬱な感じで見事であった。ミスリード的な要素もあったなという感じもする。これを狙ってやっていたとしたら、なかなかの文豪である。

総評すると、暗黒青春時代を送ってきた人間には刺さる、暗黒小説としてかなり評価できるだろう。

考察

アクアリウムの意味合い

題名である「アクアリウム」の意味は以下の通りだ。

 水生生物を飼育する水槽 (すいそう) 。

 水族館。

出典:goo辞書(https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0/)

読んで分かる通り、物理的な意味合いでは生物部の水槽であったり、生物部の活動などを指しての「アクアリウム」であろう。

そしてベタに考察をすれば、主人公もまた、アクアリウムの中の魚のような息苦しさを感じていた、といった具合だろうか。実際、主人公は水槽の中の魚に例えられている。

アクアリウムの中と外。さて、あなたはどちら側の人間だろうか。そんなことを問われているようでもある。

何故「魚」を題材にしたのか?

ニシダが小説書きました」では、東北の震災があった後、漁師さんがイカのお腹を裂くと髪の毛がよく出てくる、とお話されていたことがずっと頭の中に引っかかっていたと語っている。

更に、ニシダさんはnoteで文章を書かれているのだが、その中には以下のような記述がある。

わたしはよくYouTubeで魚を捌く動画を見るのだが、鯛なんかであると胃から小さいイカや小魚がバンバン出てくる。かなり溶けてしまっているものは小型のプレデターのように見える。

出典:ニシダさんのnote・秋刀魚(https://note.com/rrndnsd/n/n5eb32f3a55f1

上記以外にも魚に言及している記事がいくつかあり、魚類への関心が高かったのだろうと感じられる。

また、魚の解剖を取り扱うことで、主人公が死を選ぼうとするところのハードルを下げている作用があったようにも思えた。

上述したnoteでは、魚の腹から出てきたものが小型のプレデターのようだ、とちょっと禍々しい表現をされている。

この物語では、主人公の腹が見事にぶっ裂かれた――そんな風にも思える。

主人公とニシダに重なる部分

本物語の主人公とニシダさんには、いくつか重なる部分があるように思えた。

物語の冒頭、主人公は自分のことを以下のように語っている。

大学受験で僕は両親のお眼鏡にかなう学校には合格できなかった。父親はがっかりした様子だったが、理想通りに育たなかった僕を見放すように進学を勧めた。実家から通えなくもない距離だったけれど、大学の近くにアパートを借りる金も出してくれた。毎月一定の金額を口座に振り込んでもくれる。今の生活に不自由もない。

出典:カクヨム・「アクアリウム」第1話(https://kakuyomu.jp/works/16816927861663080428/episodes/16816927861663108278)

ニシダさんは一浪して大学に入っているし、父親は会社の役員でお金持ちだという情報もある。幼少期は仕事の都合で海外に住んでいたということもあり、それなりに裕福なのだろうと思われる。

そして私はこの小説を読んだ時、ニシダさんは主人公と同じように、あまり明るくない青春時代を送ってきたのではないか、と思った。感想部分で書いたように、あの文章や描写は、暗黒青春時代を過ごしたものにしか書けないはずだと思った。

どこかにニシダさんの学生時代に言及したものはないかと探したところ、noteに以下のような記述があった。

学生時代に一度で良いからチアリーディング部に応援されたかったと後悔しながら今生きている。今までを振り返って頑張ったと思えることなど一つとしてないが、それでも応援されたかった。

(中略)

余談だが、前々から抱いているチアリーディング部に応援されたいという感情は、学生時代にスクールカースト上位にいることが一度もなかった自分の心の内に潜んでいた劣等感がひねくれにひねくれた結果として露見したジェラシーのなれの果てなのかもしれない、などと考えたこともあったが、もしそれがジェラシーであってもまぁ良しとしようと思えるほどに学校に通っていた年齢からかけ離れてしまったし、時間を置いたことで整理もついたので文字に残すのもありかなと思った次第だ。

出典:ニシダさんのnote・チアリーディング部に応援されたい人生でした。(https://note.com/rrndnsd/n/n8128a2d15745

ああ、やはりなとこの記事を読んで腑に落ちた。この主人公のベースには、間違いなくニシダさんが潜んでいるのだ。そうでなくては困る。想像でこんな文章が書かれてたまるか、という感じだ。

そしてこういうひねくれ者は、総じて面白い。私はニシダさんのことが少しだけ好きになった。

まとめ:しかし全ては表層的な推察に過ぎない

私はラランド・ニシダさんの大ファンというわけではない。しかしながら、この記事を書くために、私はラランド・ニシダさんのことをそれなりに調べた。なんと無駄な時間だろうか、とは思わなかった。それは彼のことを知れば知るほどに、面白い人間だったからだ。さすがは、お笑い芸人といったところだろうか。

ニシダさんのことが、少しは理解できたような気がする――と思った矢先、彼のnoteの中にこんな記述を見つけた。

よくテレビラジオ等で親の話をすると、TwitterのつぶやきとかDMで幼少期の頃の自分を推察して分析しようとしている人を見かけるけれど、一人として当たってるのを見たことがない。

そういう人たちにとっては残念なことかもしれないが、自分は両親には愛されて育ってきた。良くも悪くも平凡な育ちだ。

(中略)

人の好奇心や想像力は残酷なものだと、昔より少しだけたくさんの人に認知されるようになって感じる。

表層を見て表層的に評して本質が分かるほど人間単純には出来てない。

別に表舞台に立っている人でもそうじゃない人でもおんなじことだ。

人はとかくドラマティックな物語が好きだが、それを他人の人生に当てはめようとしたところで、好き勝手に思い描いた過去が存在するわけじゃあない。

出典:ニシダさんのnote・お前の分析なんて微塵も当たってない(https://note.com/rrndnsd/n/nb744a312c618)

表層を見て表層的に評して本質が分かるほど人間単純に出来てない――全くもってその通りである。

この「アクアリウム」という小説をもってしても、彼は人間の複雑さというものを見事に表現できていたように思う。

というわけで、たかだが彼の小説を読んで、noteをパーッと読んだだけで表層的に彼のことを考察しようとしている本ブログの内容も全くもって的外れなのである。

でも、ニシダさんのnoteは面白いので是非、読んでほしい。彼の文章力の根源とユーモアがたっぷりに詰まっている。そして「アクアリウム」をより深く読み解くことも出来るだろう。

無数のしらすから、珍しい甲殻類を見つけた――今回の短編小説でニシダさんのことを知った私はそんな心地であり、しかしきっと、いつの間にか口に運んで咀嚼していることだろう。ラランド21185のような星だったならば、きっと毎日のように眺めていたのかも知れない。つまりは今後にも期待ということであり、ぜひニシダさんには文章を書き続けてほしい。

ラランド・ニシダの初小説「不器用で」2023年7月24日に発売

ラランド・ニシダさんの初小説となる「不器用で」が2023年7月24日に発売された。

本記事で紹介したアクアリウムを含む、5篇の物語が収録されている。

あらすじは以下の通り。

「遺影」
じゃあユウシはアミの遺影を作る担当な――。中学1年の夏休み、ユウシはクラスでいじめられている女子の遺影を作らなくてはいけなくなった。
貧しい親のもとに生まれてきたアミと僕とは同じタイプの人間なのに……。そう思いながらも、ユウシは遺影を手作りし始める。

「アクアリウム」
僕の所属する生物部の活動は、市販のシラス干しの中からシラス以外の干涸びた生物を探すだけ。
退屈で無駄な作業だと思いつつ、他にやりたいこともない。同級生の波多野を見下すことで、僕はかろうじてプライドを保っている。
だがその夏、海釣りに行った僕と波多野は衝撃的な経験をする。

「焼け石」
アルバイト先のスーパー銭湯で、男性用のサウナの清掃をすることになった。
大学の課題や就職活動で忙しいわたしを社員が気遣って、休憩時間の多いサウナ室担当にしてくれたらしいのだが、新入りのアルバイト・滝くんは、女性にやらせるのはおかしいと直訴したらしい。
裸の男性が嫌でも目に入る職場にはもう慣れた、ありがた迷惑だと思っていたわたしだったが――。

「テトロドトキシン」
生きる意義も目的も見出せないまま27歳になり、マッチングアプリで経験人数を増やすだけの日々をおくる僕は、虫歯に繁殖した細菌が脳や臓器を冒すと知って、虫歯を治さないという「消極的自死」を選んでいる。
ふと気が向いて参加した高校の同窓会に、趣味で辞書をつくっているという咲子がやってきた。

「濡れ鼠」
12歳年下の恋人・実里に、余裕を持って接していたはずの史学科准教授のわたし。
同じ大学の事務員だった彼女がバーで働き始めてから、なにかがおかしくなってしまった。
ある朝、実里が帰宅していないことに気が付いたわたしは動転してしまう。

出典:カドブン(https://kadobun.jp/special/nishida/bukiyoude/)

いやはや、あらすじだけで面白そうな予感がピンピンしている。

Amazonなどでは試し読みもできるので、気になる方はぜひチェックしてみてほしい。

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